【連載】榎本裕介の “教育×Google Workspace” 最前線
Google Workspaceを教育現場の最前線で活用されている昭和学院中学校・高等学校 教諭(理科・情報)博士(工学)榎本裕介先生にお話を伺いました。
現場の先生方がかかえる、ICT活用についてのいろんな悩みに回答いただきます!
はじめに
学校生活でICT端末を使うことが当たり前になり、メディアではその成功事例が次々と紹介されています。しかし、ICT端末を導入した学校の現場の先生方が直面するもっとも大きな課題は、目的と異なる使い方をする生徒たちへの対応ではないでしょうか。
正確には「そういう生徒たちにどう対応したらよいかわからない」と嘆く職員室内の先生方が、利活用に支障をきたすほどルールを厳格にしたり、ICTの活用に後ろ向きになったりすることに悩んでいませんか。
生徒のICT端末使用ルールに必要なのは「学習のためのみに使う」という1点で十分です。華々しくは紹介されない、けれども教師を悩ませるこの問題点について状況別に紹介します。
教師が指示をした時だけ使う?教師が指示をした時だけしまう?
この2択は職員室内で議論になることでしょう。ICT端末を学校に入った一つの文具だと思えば、基本スタンスは後者の「教師が指示をした時だけしまう」が適切です。消しゴムを許可なく使い始める生徒に「なんで指示していないのに勝手に使っているんだ!?」なんていう教師、おかしいですよね。
ただし、授業の内容によっては生徒がウェブの情報につながっていると、演出上不都合が生じることがあります。英単語の試験のときに「辞書をしまいなさい」と指示するのと同じです。あくまで生徒にとってはいつでも使えるツールであり、授業という場において教師が判断して使わせないときもつくるという形が望ましいです。初めてクレヨンを手にした子供が無邪気に絵を描き始めるように、まずは使わせてみましょう。教育機関では生徒が成長することが狙いです。ガチガチに管理をしていてはいつになっても生徒は成長しません。
たとえば合唱コンクールのような全員で協力する行事を多くの学校で行います。このとき、生徒間で熱意に差があり、クラスの中で人間関係のトラブルが起こることは、教師にとって想定の範囲内の試練です。あえて「いつ、どれくらい練習するか自分たちで決めてごらん」といったモメること必至な提案もするでしょう。そうした他人との意見のぶつかりや、努力しても叶わない目標があることを味わうことは生徒の成長につながると多くの教師がわかっています。そうした失敗から学ぶことについてのノウハウがあるのに、なぜかICT関連についてはゼロリスクを求める傾向があります。あれこれ禁止にすればするほど、生徒の学ぶ意欲は削がれます。まずは基本スタンスとして「ICT端末はいつ使ってもよい。ただし、指示があればしまいましょう」でいきましょう。
授業中に授業と関係のない動画やチャットに夢中になってしまう生徒
授業中に動画やチャットに夢中になり、教師の話を聞かなくなってしまうということがあるかもしれません。しかしこれ、ICT端末の有無は関係なく、何十年も前からあった光景ではないでしょうか。授業中にマンガ本を読む生徒、教科書の偉人の写真に落書きする生徒、芸術的に折りたたまれた便箋を回してメッセージのやりとりをする生徒たち、いませんでしたか?それらがウェブを経由するようになっただけで、本質は今も昔も変わらないと考えられます。机でスヤスヤ眠る生徒はいつの時代も変わらずに存在します。子供は大人よりも欲求にまっすぐです。つまり、授業を受けるということよりもやりたいことがあるからそれをやるのです。これらのことを禁止として𠮟りつけて行動を正し、姿勢だけは前を向いて話を聞く状態になった生徒、はたして充実した時間を過ごしているといえるでしょうか。私は、学びに後ろ向きな生徒までひっくるめて「授業を受けたい」と思わせることを目標にしています。もちろんなかなか実現は難しいです。授業に関係のないウェブサイトを閲覧している生徒を見つけたら「どうして?」と質問します。ルール違反でエンタメ動画を見ている生徒であれば指導はスムーズなのかもしれません。もし、ウェブサービスを利用して自分が進行している授業と同じ範囲の授業の動画を見ていたらどうでしょう。学ぶ気があって、そっちのほうが良いと判断されたのであれば教師としては完敗です。その動画以下の授業であれば生徒の判断が正しいことになります。授業が簡単すぎて退屈なのか、理解が追い付かなくて諦めてしまっているのか、そんな理解度は関係なく何かほかに事情があるのか、生徒によって理由は様々です。ただし、それが高頻度になるとメインの授業の進行の妨げになり、学びに前向きな生徒の迷惑にもなります。
そういった意味で「クラスメイトに迷惑がかかるからやめてくれ」をお願いするのは必要になるかもしれません。学ぶことの楽しさを味わうことなく食わず嫌いになっている一部の生徒たち、そんな生徒たちにこそ、楽しい学びの入り口を見せるためにICT端末を活用しましょう。
紙のプリントを配って「自分の考えを書きなさい」と指示すると白紙で出すような生徒たちが、ICT端末上での入力フォームなら、何かしら書くようになるものです。
フィルターをかけてもあの手この手で学校管理から抜け出す生徒
ゼロリスクを目指すと、必然的に様々なフィルターで生徒のウェブ上の行動を制限したくなるものです。しかし、その管理体制から抜け出して不適切なサイトを訪れる生徒が出ます。実際に、ウェブ上にはリンクを踏んでしまうと様々な問題が起きるようなウェブサイトが存在します。ワンクリック詐欺など、生徒にとって、取り返しがつかない失敗になる可能性もあります。それをリスクとして未然
に防ぐのは教育機関としては当然です。しかし皮肉なことに、フィルターを設置すればするほど、生徒たちはそれを突破することに夢中になりリスクを冒すことをためらわなくなっていきがちです。
フィルターの先に興味があるのではなく、ただそれを突破することが楽しいのです。また、このフィルターの強化は同時に学習のための有意義なウェブサイトをブロックするという弊害も生みやすいです。厳しすぎるフィルターで調べ学習もできなくなるという例もあります。
そこで一つの策としての提案がChromebookで実現可能な以下のような設定です。
Chromebookに搭載されているChromeOSでは、まず起動するとGoogleアカウントへのログインが求められます。これを学校で使用するGoogle Workspaceアカウントに限定することができます。さらにOS上で起動できるChromeブラウザの設定を「シークレットモード無効」「常にブラウザの履歴を保存する」「履歴の削除を許可しない」の組み合わせにします。教師に常時監視されるわけでもなく、特にキーワードやURLでフィルターをかけられることもなく、この設定下では”不適切”と言われるサイトに行こうとは思えなくなります。二度と消せない黒歴史を作ってしまうことになるのですから。「お天道様が見ている」というやつですね。これがどんなフィルターより強力に生徒たちに作用します。そうして生徒自身が自問自答し、これからクリックしようとするリンクがはたして良いものかどうか考えるきっかけを作ることが生徒の成長に繋がります。
自宅で保護者の目を盗んでエンタメ動画に夢中になってしまう生徒
保護者に「自宅でも学習のためのみに使うというルールは適用されますので、ご家庭でも我々と同じスタンスで見守っていただけるとありがたいです」と話しましょう。それも、何度も伝えることが有効です。
説明から日が経つと一部の生徒は「学校では学習のためのみだけど、自宅では別に何に使ってもいいんだよ」という都合の良いルールを新設してまいます。また、三者面談などで本人にも伝わるように「自宅で端末を使っていて、『何しているの?』と訪ねて隠したらクロです。学習以外に使っていると思ってください。私も一緒に指導しますので教えてください」と保護者に伝えましょう。多くの保護者の方から「それはいいことを聞きました」と生徒の顔を覗き込む光景をたくさん見てきました。そもそも、保護者の方が生徒の学習内容に興味を持つことはとても良いことです。新しいことを学んだ生徒は誰かにそれを説明することで知識が体系化され定着することができます。
はじめから遊んでいるのかと疑って「勉強しなさい」と言うのではなく、「何しているの?」から始まる学習内容に関するコミュニケーションが生まれれば双方気持ちよく健全な家庭学習の時間が過ごせると考えられます。
おわりに
ウェブの情報に触れることなく学習してきた大人にとって、ICT端末はこれまでの学習に関する常識を壊してしまう未知のアイテムと思いがちです。しかし、正しく使えればオフラインでは実現不可能だった効率的で楽しい学びの形をつくれるものです。そのためにはICT端末を使うことはあくまで学びの手段であり、目的は今も昔も変わらないということを意識しなければなりません。
将来困らないようにICT端末に慣れさせなければならない、などという意識では生徒たちはその利活用から離れていきます。ICT端末が、よりよく生徒が学ぶための道具だという意識が教師生徒ともにあれば、自然と健全な使い方にたどり着きます。
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