学校にスムーズにICTを導入するために/昭和学院中学校・高等学校 教諭(理科・情報)博士(工学) 榎本裕介

公開日:2021/08/25
最終更新日:2022/06/27

 

【連載】榎本裕介の “教育×Google Workspace” 最前線

Google Workspaceを教育現場の最前線で活用されている昭和学院中学校・高等学校 教諭(理科・情報)博士(工学)榎本裕介先生にお話を伺いました。
現場の先生方がかかえる、ICT活用についてのいろんな悩みに回答いただきます!

 

はじめに

「学校のICT導入を拒む学内の一部勢力に悩んでいませんか?」

この問いは私がこれまでに各種セミナーなどで何度か登壇させていただいた際に、会場に集まった先生方が特に大きく頷いていた質問です。
何らかの手段で本コラムにたどり着いて読もうとしてくださっている先生方はきっと、この悩みに日々ぶつかりながら、あの手この手で解決策を模索していることかと思います。
ICT支援員が配備されても、ICT担当の先生が日々研鑽し続けても、この問題は解消されません。何か新しいツールを導入しようと考えるとき、ツールを提供する企業の方は「丁寧な説明がないと生徒が困ってしまうかもしれない」と心配されて隅々まで配慮が行き届いたマニュアルを作ってくださいます。それを生徒が読めばすぐ使えるようになるでしょう。
しかし、全先生がそのマニュアルを生徒に配ってもらえるかどうかが、ICT担当の先生方の一番の悩みになることがあります。GIGAスクール構想で配備された端末が保管庫の中で眠ってしまうなんていうもったいないことが起こらないように、私の経験を踏まえながらスムーズな導入への一案を紹介します。

 

生徒の力を頼りましょう

一部の生徒は多くの教員よりもICTスキルが高い

中高生はほとんど説明をしなくても、ICT端末を前にすれば勝手に試行錯誤をして使い方を身に着けていきます。
「そんなの優秀な生徒が集まる学校だけの綺麗事だ!」という主張も耳にすることがありますが果たしてそうでしょうか。生徒が「わかりません」「できません」と言い出したとき、教員が代わりにやってあげようとしてできなかったことを「生徒ができなかった」と表現していませんか。
生徒にとって「先生は僕が困ったことを何でも解決してくれる人だ」という思い込みは将来の成長の妨げになると私は考えています。冷静に考えれば、目の前で使っているアプリの仕様について、作製したメーカーの公式マニュアルと一教員の知識どちらを頼ればよいかは明白なことです。
教科の指導においては体系的な知識を持った教員を頼るのは当然のこととして、ICTツールについても同じ感覚で生徒と教師の関係を構築するのは極めて不自然です。

生徒組織としてICT委員会を設立しましょう

多くの学校現場の現実として、教室に1人の教員と数十人の生徒がいれば一番ICTに明るいのは生徒の誰かではないでしょうか。
教員の姿勢として、生徒に対して全ての要素で勝っていたいと願うのは実現不可能な妄想であり、そもそもそんな関係を目指すことが間違っています。つまり、ICT導入の旗振り役は一部の教員であったとしても、それにまず同調してICT導入を推進するのは生徒たちであるのが理想的です。
私は、これまでにも悩みを抱える他校のICT担当の先生へ「まず生徒組織としてICT委員会を作ってください」と推奨してきました。各クラスにICT機器やツールに明るい生徒を配置し、責任をもって日々起こるトラブルに迅速に対応できる環境を作ります。そうするとこで思い切った新ツールの導入を進めることができるようになります。
教員が綿密に計画を立てて生徒にサービスを提供し、生徒が受動的にそのサービスを受ける、といった立場では学校のICT化はうまく進みません。生徒にとって、問題点を見出し、他者に貢献できる経験は教育的効果も高いと期待できます。そして教員にとっては苦手なICTツールをサポート無しで習熟する必要がなくなり、どのクラスの授業に行ってもトラブルを解消してくれる生徒がいることがわかれば心強い限りです。ICT委員会が立ち上がり生徒たちが声を上げるようになれば、教師という職業を選択した大人たちは必ず動くようになるはずです。

ICT導入の目的を確認する

ICT導入を進める際に出会う様々な目的

ICT委員会が組織され、日常的に「生徒が一人1台の端末を使う」という状態がスタートできたら、いよいよ全教員を巻き込んでの学校のICT化を進めるときです。GIGAスクール構想が進み、文科省からメッセージは出ていますが、教員一人ひとりが持つ学校へのICT導入の目的は様々な場合があります。重要なのは何よりICT導入の目的を明確にすることだと考えます。私の知る限り、現状の日本の学校におけるICT導入の目的は大きく4つの方向性があるように見ています。

 1.時代に合わせてICT環境を整備する

 2.ICTに慣れさせて、これからの社会を生き抜く力を育む

 3.ICTを用いて学校教育の改善をする

 4.ICTを用いて教師の働き方改革を進める

1.時代に合わせてICT環境を整備するというのは、文科省からのメッセージでも明確に否定されています。ICTを活用することは手段であって目的ではありません。近年、これは多くの学校で共有された認識となり、どう活用するかを考えていることだと想像できます。
問題は2.と3.についてです。日本のIT人材の不足が叫ばれているなかで、大人の事情としてはコンピュータサイエンスを志す若者が増えてほしいと願いたいです。そもそも日本の子供たちはコンピュータに触れる機会が諸外国と比べて極端に少なく、その入り口が開かれていないということで環境整備を推進しているのがGIGAスクール構想です。その流れから「これからの社会を生き抜くためにはコンピュータを使わせておかないと」という意識でICT導入を進めている教員は少なくないのではないでしょうか。グローバル化が進む現代において、英会話を学習するのは生徒の将来を見据えた理にかなった方針です。英会話教育とICT教育を同等に扱うと、将来を見据えてコンピュータを使わせたくなります。しかしICT活用には将来だけでなく、今ある教育の改善ができるというもっと大きなメリットがあります(英語が使いこなせると学びの幅が広がるという同様の側面もありますが、ここでは割愛します)。GIGAスクール構想の内容にも個別最適化された学びの実現がその目的と記されており、3.ICTを用いて学校教育の改善をするというのが本来目指すべき目的です。

目的を統一することで得られるもの

学校のICT化が進み、結果として学校の日常生活でICTを使いこなして過ごした子供たちは、将来社会に出てからも不自由なくICTを活用できるでしょう。この現行の教育スタイルをICTで改善できるという視点が欠けると、誤ったICT導入が進みます。たとえば、紙で実現可能な授業内の活動をわざわざタブレットに代替したり、ICTを用いて連絡したことを毎回口頭やプリント配布で伝えたり、といった改善でない謎の代替(負担増?)が起こるでしょう。
これらは3.ICTを用いて学校教育の改善をするを目指す先生にとっては理解しがたい行為ですが、2.ICTに慣れさせて、これからの社会を生き抜く力を育むを目的とする先生は目的に沿った教育活動だと信じています。今、多少苦労をしてもきっとこれが生徒の将来のためだ!と信じて疑いません。そうした方向性のズレを生じさせないためにも、ICTの導入は教育を改善することが第一の目的であることをしっかりと確認しておきましょう。
その先に2.ICTに慣れさせて、これからの社会を生き抜く力を育む4.ICTを用いて教師の働き方改革を進めるといった副産物がついてくる、くらいの認識が健全だと考えます。生徒にチャットやメールで連絡できるようになれば、職員室のデスクに「メール送っておきました。お時間あるときに読んでください」なんていう付箋メモ文化はなくなることでしょう。

ICTを用いた教育活動の改善例

目的が教育の改善と言われても、実際に何がどう改善されるか実感を持てない方もいらっしゃるかと思います。そこで、どの学校でも確実に改善が見込めるシーンを3つ紹介します。ここでは簡単に概要を紹介するのみとしますが、もし具体的な手順や実践例を見たいという需要があれば今後紹介していきます。

連絡

学校において教員から生徒へ連絡をするシーンは多いです。朝礼にてクラス全体に連絡をする、授業の持ち物を連絡する、授業の変更を連絡する、部活動についての連絡をする、色々あります。その個別の連絡手段として担任教員へ伝言を依頼して生徒に伝えてもらうという手段を用いているのであれば、これをチャットやメールで代替すればかなりの労力の削減と、連絡の確実性の向上が見込めます。
ここで「生徒はちゃんとチャットを見ないから」と理由をつけてせっかく通知が行っている内容を口頭で教えてあげると、生徒の成長の機会を奪ってしまいます。プリントを配ってもバッグの奥底にしわくちゃに封印される生徒がいつの時代にもいるように、メールの未読件数が大変な数字になる生徒は出てしまいます(大人もいますが)。そこはいつの時代も変わらず個別に指導をしながら、全体の効率化を考えて連絡をICT化しましょう。これまでは担任を介さないと生徒へ連絡ができなかったことが、効率よく確実に連絡できるようになります。

アンケート

学校から生徒への配布プリントには、切り取り線の入った返信を求めるものがあります。「保護者会に参加しますか」「購入する〇〇のサイズは何ですか」「どの夏期講習に申し込みますか」といったものです。これらを担任が回収し、出席番号順に並べ、回答を記録し、集計するといった一連の流れを多くの先生方が経験したことがあるでしょう。
これらはすべて、Googleフォームで簡単にICT化が実現可能です。Google Classroomの課題として配信すれば簡単に提出状況も可視化できます。

授業の質問対応

個人的には、ICTを用いないと実現不可能だった深い学びの一つがこの質問対応だと考えています。これまで、生徒が授業の内容について授業外の時間に質問が生じたとき、授業担当者に質問するためには職員室を訪れて質問をするというものでした。私自身の中高生のころを振り返ってみると、高校卒業までただの一度も教科書や問題集をもって質問しに行くという行為をしたことがありません。何も疑問に思わず日々を過ごしていたのではなく、職員室に行くという行為が面倒でした。自分自身が職員室に質問に来る生徒を職員室側から見るようになり、その面倒さをより実感するようになりました。

 生徒「〇〇先生いらっしゃいますか」

 教員「ああ、今部活かな。いないね」

 生徒「失礼しました」

といった、せっかく職員室まで来ても目的の教員に会えずに去っていく生徒を何人も見ます。こうした面倒なことをICTで解決しましょう。
授業のためのGoogle Classroomを作っておいて、その授業内容の投稿のコメント欄に生徒が質問することを推奨するだけです。生徒と教師、互いに時間に都合の良いときに質問し、回答することができます。もちろん生徒は昼も夜も学び続けていますが、教員には勤務時間があります。勤務時間外に生徒が質問をしたいときに、そのときすぐ質問すれば、教師は翌朝勤務開始後すぐに回答をしてあげることができます。
生徒から授業内容の質問に対して回答することから始める勤務時間、気持ちよく仕事をスタートできるでしょう。そして何より、その質問をClassroom上の公開の場で行うことが大事です。最初のうちは生徒が恥ずかしがると思いますが、慣れれば共に学ぶクラスメイトの質問とその回答を見ることができ、集団全体の学びに深みができます。

おわりに

今回は方法論から少し離れて、大きな枠組みでの進め方を紹介しました。
こうして目的を見直し、生徒の成長を期待してICTの導入を進めようとすると、Google Workspaceのツールは簡単にその解決策を提供してくれます。少し物騒なたとえ話になりますが、私は現代の教育ICT化は、幕末の動乱の時代における、刀と槍の戦闘から近代兵器を用いた戦闘への移り変わりと似ていると感じています。その当時もきっと「諸外国に後れを取らないように」と、導入することそのものを目的にしてしまっていた人もいたはずです。そうではなく、今解決したいことを解決するための最適解として新しい技術を導入しましょう。
移り変わりと表現しましたが、既存の黒板とチョークによる授業を撤廃すべきとは考えていません。目的によっては手書きのほうが優れる点もありますし、ICTを活用するほうが効果的な点もあります。
ICT導入そのものでなく、学びの最適化という目的を忘れないことが大切なのではないでしょうか。パッと見おしゃれなアプリを用いて授業をすると、「ICT化が進んでいる感」は出ますが確実に教員の仕事が増えます。結果的に生徒にとっても教員にとってもプラスになる未来を描いて、適切なICTの導入を進めていきましょう。


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